ピアノ技術の中で最も知られている調律。
調律師がご自宅のピアノを調律する様子を見ていても、なにが行われているのかよく分からない方も多いことでしょう。ここでは少し分かりやすく解説してみます。
88の音に対して、ピアノには200本以上の弦が張られています。ピアノ調律師は、このすべての弦を微調整してきます。1時間半かかったとしても、20秒から30秒以内で1本の弦を正しい音に合わせているということです。
調律師は音叉を持っていて、それでピアノの中央にあるA(ラ)の音を合わせます。
調律師が自分の耳以外のものを、音のものさしにするのは最初のこの瞬間だけです。
次にそのAとDの音を同時に鳴らし、そこに起こる「音の波の間隔」を元にDの音を正しい位置にします。これは、感覚的なものではなく、非常に数学的なものです。よく調律師はよい感性を持っていると思われている方がいますが、調律は感性を中心において行われるものではありません。調律師が持っているのは数学的な知識と音の波を聞き分ける経験です。感性や「絶対音感」などの曖昧なものであわせているわけではないのです。
Dが正しい音になったら次は、F、B♭・・・という風にして正しい音の間隔に並んだ1オクターブ(平均律)を作り上げます。そしてそれを左右に広げていくのです。
時々、「音をとるための機械(チューニングマシーン)は使わないのですか?」と聞かれることがありますが、調律にはスピードがいるため(後述)、機械をいじっている時間はありませんし、機械で合わせた音同士がうまくハーモニーになるかというとそれもまた別問題なのです。
調律にかける時間について触れておきます。
時間をかければかけるほど丁寧で正確な調律ができるかと言うと、実はそうではありません。ピアノには弦があり、その端がピンに巻きついていてそのピンを微 調整することで、音律を合わせていきます。しかし、響版に刺さった鉄のピンは「もとの位置に戻ろう」という性質を少なからず持っています。このピンの戻り をできるだけ押さえ、最も力の安定した位置にピンを位置付けることが調律師の腕の見せ所ですが、それでも長い時間安定していたピンを動かすとどうしても元の位置に戻ろうと動きが起こります。
ここで時間をかけると、すでに動きを終え安定した音に次のオクターブを合わせることになり、またそのピンはずれていきますから、全体の音ががたがたになってしまいます。また時間がかかると言うことはそれだけ、一つのピンを動かしている時間が長いと言うことですが、ピンは大きく動かせば動かすほどそのあとの 音の戻りは大きくなりますので、きちんとした技術を持った調律師は最小限の動きで、ピンを正確な位置ににもって行きます。ピンを動かしすぎることはピアノ 自体をいためたり、その後の狂いを早めることになってしまいますので、絶対にしないのです。
定期的に調律を行っているピアノは当然音の狂いが少ない分、わずかな微調整で音律の調整ができますが、 何年も調律を行っていないと狂いが大きい分、大きくピンを動かすことになり、ピアノへの負担、その後の狂いの速度は大きくなっていきます。5年調律を行っていないピアノは調律後も5年分の負担を背負ってしまうと言うことです。
きちんとした技術者の行う調律は、「ピアノに対して最低限の動きで、最小限の負担しか与えず、正確かつ迅速なもの」ということができるでしょう。